婚活サイトでもいい!結婚は勢いだ!!

真田丸で全国区になりました、上田に住むこと54年。上田のトトロこと滝沢美里と申します!ふられた勢いで結婚したのは23歳のとき。周囲に3年も持たないんじゃねぇ?なんて陰口をたたかれ続けながら、気がつけば31年。今年の9月で32年目に突入です。主人とは同じ職場。そう・・・職場結婚というやつです。某家電メーカーの修理課の受付嬢?に就業した際、知り合いました。

当時私にはお米屋さんの彼氏がいました。大好きで大好きで、今のように携帯なんてこじゃれたものがなかったんで、毎日手紙書いて送っていました。毎日固定電話から電話していました。もう、ほとんど恋愛中毒状態。しかしながら、大人?なお米やサン彼氏は放置三昧。今にして思えば、これだけやられたら、うざいわ!!って思うんですが・・・あの頃は若くて、幼かった。はたちそこで恋愛経験のなかった小娘に恋の駆け引きなんて高等な技、とうていかけることなんて出来るわけもなく・・・・とある日のデートで「冷めた。距離をおいてくれ。」と言われ、失恋したと大ショック。失恋で神経性胃炎患って、人生で最初で最後の「激やせ」経験をしました。

職場はださい男のたまり場みたいな所だったのですが・・・・不細工でも?唯一の紅一点。チョンガー男達は、失恋女子に優しい。そんな中で ぐんを抜いていたのが、我がだんな。まず、つけていたコロンが別れたお米屋さん彼氏と一緒。モー香りで恋しいハートがキュンキュンでした。しかも聞き上手(今にして言えば単なる聞き流し上手なだけであることが判明。まさしく恋は盲目)しかも、だんなも同じ職場の違う課の彼女と破局したばかりという、いわば、同じ穴の狢。

失恋の痛手を慰めあっているうちに・・・・と、まぁ~ここまではよくあるパターンといえばパターン。お米屋さん彼氏と別れて?半年位、だったでしょうか、
珍しく、お米屋さん彼氏から連絡が・・・・もちろん、大好きだったわけですから、気持ちが大揺れ・・・・戻れるものならもどりたぃ~~心境。で、旦那に連絡きたから会いに行くって言ったわけです。旦那の返事が「戻るなよ。俺は、お前を信じて待ってるから」って・・・・これ言われてもどれますか?思いつつ、お米屋さん彼氏に会いました。

案の定、お米屋さん彼氏は言いました。「もう一度はじめない?」正直、戻ったらどうなるんだろうって気持ちありました。迷いましたが・・・・
「はじめても、また、寂しい思いしそうだから・・・いい思い出だけで終わらせる」って、かなりカッコつけて別れました。でも、その夜はさすがに気持ちが落ち込んで、旦那に連絡せずにいました。翌日会社に行って・・・・怒って口も利かない旦那。夜通し電話を待っていたと後で聞いて、あっ・・・そりゃ、怒るわねって・・・笑

お米屋さん彼氏の時は私の方が大好きすぎて、いつも彼のそばにいたくて、それを彼が受け止めてくれなかったのが、辛かった。相手の気持ちと私の気持ちのバランスが良くなかった。旦那はそのバランスを取るのがたぶんとてもうまかったんだ思います。私自身が無理せず、自分の気持ちに正直でいられた。旦那が10歳年上で、33歳当時の適齢期としては少し遅かったせいもあって、気がつけば、お互い結婚を意識していたって感じでした。

私の両親も9歳の年の差婚。旦那が結婚の申し込みに挨拶に来た時、年の差婚の苦労を知っていた母は、少々躊躇しているようだったが、父親が「ご縁ですから」の一言で快諾し、交際からわずか1年半ほどで結婚しました。結婚が決まったとたん、私はもともとの太りやすい体質が復活。みるみる膨らみだして危うくウエディングドレスのファスナーがしまらなくなりそうになるほど、健康も回復しました。子供も3人。長女、次女 10年離れて長男と3人に恵まれました。

結婚して30年も過ぎると、さすがにけんかも多くなります。離婚だ!!別居だ!!って吼えることもしばし・・・だけど、そう言いながらもいまだに夫婦を続けているのは、たぶん 私と旦那の気持ちのバランスがお付き合い当初からいいからなんだと思っています。娘達も適齢期になりました。次女は結婚に失敗してシングルだけど、長女にも失敗してもいいから結婚は人生で経験しておいたほうがいいって言っています。次女は失敗はしたものの結婚はしたいようで、なまじっか失敗してるだけに知り合いにばれないよう婚活サイトに登録したようです。【婚活サイト バレない

そんな子供たちに私からのアドバイスは・・・「結婚は勢い」ということでしょうか(笑)

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